かとのぼのマイコード・マイライフ

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青森旅行と太宰とカヤキ【小説、津軽を読んで。時々ヴィヨン】

「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」オリジナル・サウンドトラック

太宰治が好きなら青森観光に行こう

太宰治が、青森の生まれで、実はお金持ちの生まれだということを皆さんはご存知しょうか?

彼は東北生まれで、青森県「金木町」という場所で生まれました。現在の五所川原市です。

本名は、津島 修治。

彼の父親は金木町の大地主で、後に衆議院議員になった政界の重鎮でした。

当時の津島の権力は凄まじく、「金木のお殿様」と呼ばれるほどでした。

その権力は凄まじく、自分の町に競馬場を作ってしまうほどでした。

彼が住んでいた家は「斜陽館」と呼ばれ、当時の3億円(現在の20〜30億)をかけて作ったとされています。(ちなみに、太宰が書いた小説「斜陽」は、この家の障子に書かれた書の中に「斜陽」の文字があったためだとされる。)

こんな金持ちのボンボンが、なぜあんなに金持ちを批判し、そして最後には入水自殺してしまったのか…

という話は今回はしません(え…)

今回は、太宰治が好きな人は是非金木に行って太宰治の生家とその離れを訪れて欲しいのと、太宰治が一度東京から青森に戻った時のことを書いたとされる小説「津軽」を読んで、紹介されている「カヤキ」を食べてみて欲しいなぁと言う話です。

小説「津軽」

小説「津軽」は以下のような書き出しから始まります。

或るとしの春、私は、生れてはじめて本州北端、津軽半島を凡そ三週間ほどかかつて一周したのであるが、それは、私の三十幾年の生涯に於いて、かなり重要な事件の一つであつた。

彼は3週間ほど津軽半島を旅行をし、その時の思い出を小説にしました。

私は津軽に生れ、さうして二十年間、津軽に於いて育ちながら、金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐、それだけの町を見ただけで、その他の町村に就いては少しも知るところが無かつたのである。

 この後は金木の幼少期の思い出などが綴られます。「人間失格」では、冒頭に、家族の集合写真について書かれていますが、それはこの金木の幼少期の写真になります。

「津軽」に登場する謎の料理「カヤキ」

私は、この小説で突然現れる料理「カヤキ」に強く惹きつけられました。

津軽に於いては、牛鍋、鳥鍋の事をそれぞれ、牛のカヤキ、鳥のカヤキといふ工合に呼ぶのである。貝焼かひやきの訛りであらうと思はれる。いまはさうでもないやうだけれど、私の幼少の頃には、津軽に於いては、肉を煮るのに、帆立貝の大きい貝殻を用ゐてゐた。貝殻から幾分ダシが出ると盲信してゐるところも無いわけではないやうであるが、とにかく、これは先住民族アイヌの遺風ではなからうかと思はれる。私たちは皆、このカヤキを食べて育つたのである。

 大きな帆立貝を器がわりにして牛鍋みたいにして食べる…。

 

めちゃくちゃ美味しそうじゃないか…!

 

食べてみたい。

 

という感情に強く囚われました。

 

しかし、私はある問題に気付きました…。

 

それが…。

 

自分、帆立貝が苦手だった…。

 

帆立貝嫌いの自分に、ここまで食べたいと思わせる太宰治、恐るべし…。

現在は「貝焼き味噌」として地元料理屋さんが提供しているそうです

と言うことで、もし青森を旅行することがあり太宰治が好きなら、是非、金木に行って太宰の生家と離れを観光して欲しいなぁと思います。

太宰治の生家の斜陽館を見れば

「こんなにすごい家の生まれだったのか!?」

とびっくりすることでしょう。

私も太宰治が好きで、金木には2度訪れたことがありますが、なんとも言えない良い感じの雰囲気です。

映画「ヴィヨンの妻」で実際に撮影された太宰治の生家の離れもあり、観光スポットとして最高です。

また斜陽館のすぐ近くには津軽三味線が聴ける施設もあります。

そして、青森観光の途中で「カヤキ」も食べて欲しいです。今は、下北の郷土料理「貝焼き味噌(カヤキミソ)」として食べれるそうなので、ぜひ感想を教えて欲しいです。

津軽を読み、金木に行き、カヤキを食べる!なかなかマニアックで楽しい旅になるはずです!

 

終わり。

 

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